Takaharu Tezuka Workshop 4th Day: Quick Report & Video Comment

手塚貴晴ワークショップ:四日目レポートと手塚氏によるヴィデオコメント

三日目、台風の影響で一日をはさみ、それぞれの班が論理を組み立てる時間を得た。初回クリティックを残り半数の班が受ける。


 
E班
スタジオアーキファーム『SPROUT』(2009) シンプルなヴォリュームの周りをぐるりと緑を蓄えた屋根が回っている。実寸の部分模型と1/100模型でのプレゼンテーションである。なるほどこれはどこから見ても緑がある、ではそれはどのように緑がある家なのだろうか?(以下英語で行われたディスカッションの翻訳)
 
手塚評(ディスカッション)
Tezuka(T):これはいい例だ、僕はこれを誰かが持ってくると思っていた。もしこれをこのワークショップの学生が作ったならAの評価を得るだろう。ではこの緑はテーブルに花を置くのとどう違うか。
 
Student(S):緑の中にいるように感じる。
 
T:では地面に緑がないのはなぜか?そこに興味がある。君たちはこれを『緑のある家』といった。そはなぜか?あなたはそれを示さなくてはいけない。いいかえると何がこのプロジェクトを素晴らしいものにしているか。
 
S:住人は二階に住んでいる、座った時彼らは緑を直接に見ることはできないが緑の反射を見ることができる(二階の庇にはマットな金属が張られており、リフトアップされた緑に当たった光が反射し映り込む、またそれは部屋の中にかすかな緑を展開させる:記者)。1to1の部分模型を作ったので体験していただきたい。
 
T:これはいい。わかった。この家は緑を持っているだろう。しかし、それはなぜか?それを短い言葉でいうべき。何がこの家を緑の家にしているか。
 
S:リビングルームにいるときに....
 
T:それは効果であり結果、それはわかっている。なぜ地表を持ち上げたのか。
 
S:たくさんの理由があると思うが乗り物が置けるから...
 
T:それは一つの理由ではあるだろう、しかし面白くない。この緑をグラウンドレベルにおくのと何が違うか。たとえば見るという言葉にもたくさんのニュアンスがあるだろうlook、see、glance、gaze、watch、beholdもう少し違った視点が必要だろう、それを示さなくては。あなたの(頭の中にあるそれらのタームの)距離(distance)だけでなく。
 二つ理由が考えられる。この模型には(1/100の模型を指して)足りないことが一つある。それはコンテクストである。もしこれがGLにあるとしよう、皆がこの緑を見ることができる。しかし、この緑を持ち上げることによってこの緑は住人だけのものになる。これはカットされたケーキのようにここの住人にささげられている。これが一つの理由。二つ目には基本的に日本の住宅の隣の住居はとても近い、あまりに近すぎて影が緑を消してしまい、それによって緑であるということをやめてしまう。しかし、ここで緑を持ち上げることによって、白い空とともに、それはとてもきれいな緑になる。そして、この鏡が(先述の庇の裏にある)あることによって住人はこの端に座った時でさえ緑の中にいるということを感じることができる。こう説明すれば、もし僕がセールスマンだったら君たちに勝つ(笑。
 
あなたたちはこの模型を作ってこれがどうやって出来ているかということとそのエッセンスを知っている、あなたたちに必要なのはこのコンセプトを論理的に理解できる説明をすることだ。それができれば、あなた達は自身の建築を作る段階に入る。
 


M班
屋敷林 富山県砺波平野 「垣入(かいにょう)」 伝統的な日本の建築の周りをせいの高い木がいくつも並び屋敷そのものを覆っている。防風、防雪林。住人にとってそれは風景としての緑ではなく機能としての緑であり、またそれは観者にとっては風景において捉えられるものである。その乖離が面白い。けれどもそれらは双方にとっての緑ではある。さまざまに抽象化されたファンクションが模型で示された。
 
手塚評
 どうして建築の話に行かなかったのか。努力して模型を作ったのはわかる。けれどそれは今回の課題とは違う。緑と建築の相互依存を見せなくてないけない。たとえば緑の中にどんな家を置いても成り立つのか。それはちがうだろう。君たちは建築家だから、周りに屋敷林があることによって確実に違う立ち姿をしていることを見つけなくてはいけない。風景があるだろう、木の種類があるだろう、水田との関係があるだろう(散居村の周りには水田)。田植えの時期、水が満々とはられた田が一面に広がり、その真中に小島のように、海の真中に突然島があるようにとても幻想的な風景ができる、そこに霧が出来たり、ある季節になると緑が出てきて、稲穂が出てきたりする。さっきの班の建築(E班)、あれはそのあたりのことをとてもよく考えている、それを昔の人は建物の中の様式の中に時間の蓄積とともにとりこんでいる。君たちは建築をとうふのようにしてみたり、スポンジのようにしてみたりする。だがまず化ける前に考えることがある。軒先がどうなっているのかその意味を考えてほしい。さっき言ったように水を張ったりそこに少し緑を入れたりした状況を作ってみる。たとえばこの窓のしつらえの意味を考えてみる。細い道もくぼみもすべて意味がある。水の中に浮かんだ島は田よりも少しあがっている、実は床もあがっている。この建築の存在の意味を学んでもらいたい。軒先の深さは、地表のマテリアルは、水、風、光のさし方は。それらは装飾ではない。またこれは日本の伝統建築を学べといっているのではない、間違えてはいけない。安易に抽象化してはいけない。
 

 
クリティックは16:30から20:00まで続けられ、台風の影響で遅れた一回目のクリティックが終了した。第二課題に進むきっかけをつかめた班、そうでない班とそれぞれだが、求められていることは一貫して変わらない。子供にも分かるように緑がある家を説明をする。論理の破綻や飛躍は厳しく追及される。
 

 
言及された資料
 
 加藤久仁生 (監督) 『つみきのいえ』(仏題:La maison en petits cubes) (2008)


by Koki Yamanishi




※以下に手塚貴晴氏による第一課題を終えてのコメントを合わせて掲載します。



Comment from Takaharu Tezuka about 1st assignment in his workshop.
@ Kyoto Seika University
on September 22, 2011



on You Tube: http://youtu.be/dRrzULKOuWk?hd=1

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E班チェック


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『SPROUT』の模型(E班による)


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M班のチェック